30代半ばになって、脂っこいものが苦手になってきた。脂が滴るステーキも、鶏の唐揚げもカツ丼も相変わらず大好物なのに、明らかに食べられる量が減った。頭ではまだ食べたいと思っていても、内臓が先に限界を迎えてしまう。自分の体は、20代のころと何ら変わっていないつもりでいたけど、いつの間にかあっさりしたヘルシーな食べ物を求めるようになっていた。
だからといって、これはないよ……。テーブルの向かいのおばあに目をやると、何を考えているのかわからないいつもの顔でタケノコをかじっていた。
今晩のメニューは――
メニュー
・タケノコと手綱こんにゃくと厚揚げの煮物
・酢レンコン
・刻みオクラ、ミョウガ和え
・おから
・茶碗蒸し(ふじや食品、地養卵茶碗蒸し海老)
・サラダ
生:トマト、玉ねぎの醤油漬け、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
これだけ料理が並んでいても、食材はほぼ野菜のみ。肉どころか魚も一切、見当たらない。脂っこいものをあまり食べられないといっても、まったくないのも物足りない。せめて一品くらい、肉が入っていたら……。
おばあも肉が好物だったはず。それなのにこんな、意図的に肉を排除したとしか思えないメニューを用意したのは、一体どういうことなんだ?
メインのおかずは、タケノコと厚揚げ、コンニャクの煮物。見るからに薄味で、おばあが長年抱えている高血圧にも良さそうだ。やはり今晩のメニューは健康を意識したものらしい。他には――
いつもの山盛りサラダに加えて、
ゴマをまぶした酢レンコンや、
ネギやニンジンが混ざったおから、
刻んだオクラにミョウガを和えたものもある。野菜じゃないのは、
買ってきた茶碗蒸しに使わているたまごと、具材のエビだけだ。
向かいのおばあは、相変わらずの真顔で、音を立てながらレンコンを噛み砕いている。もしかしておばあは、あえて素知らぬふりをしているだけで、実は僕の健康を気づかって、野菜たっぷりのメニューを用意してくれたのかもしれない。
「ありがとう、おばあ」
と僕が思わず声に出すと、おばあは目を見開いて
「なんや? 何がありがたいんや?」
と本当に何のことかわからない様子。それとも、とぼけているだけなのか?
「野菜ばっかりの料理をつくってくれたのは、僕の健康を考えてくれたからやろ?」
「なんや? そんなんちがうわ! 近ごろ……出てへんからや」
「出てへんって、何がや?」
わからないので聞いてみると、
「トイレで出すやつや!」
と怒鳴られた。
おばあは最近、便秘だったらしい。それを解消しようと、食物繊維たっぷりのベジタリアン・メニューを用意したということか……。
謎が解けたところで、おばあは突然、立ち上がり、台所に向かって行った。すぐに戻ってきたおばあの手には、ピンク色をした焼いた鮭のハラミが乗っていた。僕が食後に持って帰って翌日の昼に食べる、おにぎりの具材だ。その鮭をおばあは、僕のごはんの上に乗せ、
「これもやるから、さっさと食べや!」
と大声でいった。
「ありがとう、おばあ」
僕はまたさっきと同じことをつぶやいて、茶碗を掴んだ。