おばあはおでんにたまごを入れない。毎朝、茹でたまごを食べているし、醤油味の煮物が好物なので、おでんのたまごが嫌いなわけがない。おでんにたまごを入れるなら、あらかじめ何個も茹でておき、冷ましてから一つずつ殻をむく。おばあにとっては、その手間の面倒くささが、おでんのたまごのおいしさに勝っているのだ。
そんなの理解できない。おでんといったら味の染みた大根もいいけど、やっぱり一番はたまごじゃないか。
昨晩、たまごの入っていないおでんが出た。たまごの下ごしらえが面倒なら、自分がやると僕はおばあに申し出た。とても1日で食べきれるおでんの量ではなかったので、次の日もあたためて出てくるはず。そこに僕が殻をむいたたまごを追加すればいい。僕は好物を食べられるしおばあは手間が省ける。もちろんおばあだって嫌いじゃないはずだし、余れば次の日、朝食に欠かさない茹でたまごの代わりに食べればいい。まさにいいことづくめだ。
ところがおばあは「手伝いはいらん!」と、僕の提案を即座に断ったのだった。いつものように命令口調で、理由は詳しく語らなかったけど、僕の思いが通じたのに違いない。それほどいうなら、つくってやるか。お前が料理を手伝うたところで、足手まといになるだけやから、おばあ一人に任せとけ! なんて思っていたのだろう。そうでなければ断る理由はないし、おばあは確かに「たまご」ではなく「手伝い」はいらないといった。
そして今晩――
2日目のおでんの具材は、昨日よりも小さい鍋に移し替えられていた。ゼラチン質の多い牛すじはどれだけ煮込んでもパサつかず、見るからに弾力を保っている。角の取れたじゃがいもや、崩れかけた大根には、昨日よりつゆが染みわたっているのがわかる。
牛すじからダシが染み出して、つゆのおいしさも増しているはず。そのうま味たっぷりのつゆで、薄く色づいたたまごが……見当たらない。
よく味がしみ込むように、鍋の底のほうに入れておいたのかもしれない。僕は箸を手にして鍋に差し入れ、底をさらおうと動かした。すると、
「やめえや! 崩れてまう!」
とおばあが声を荒げた。よく煮込んだじゃがいもや大根のことをいったのだった。大根は箸でうまくつかめないほどとろとろになっているものもある。僕は仕方なく、鍋の表面のほうの具材を小皿に取り分けた。
メニュー
・おでん(2日目)
牛すじ、大根、厚揚げ、手綱こんにゃく、ごぼ天、じゃがいも、ちくわ
・えび天(商店街の総菜)
・子持ちししゃも
・茶わん蒸し(みやけ食品)
・白菜キムチ
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
今日のメニューはやけに豪華だった。大きくてまっすぐ、黄色っぽい衣のえび天は、商店街の総菜屋で買ってきたものだ。ここのえび天は、衣ばかりで中身がスカスカということはなく、先っぽまでしっかりとぷりぷりの身が詰まっている。それが2尾もある。
奥の皿には子持ちししゃも。僕が幼稚園児くらいのとき、おばあがよく、ししゃものたまごをごはんにのせて食べさせてくれていた。偏食だった僕は、それならぱくぱくよろこんで食べたことを覚えている。今でも子持ちししゃもはたまに無性に食べたくなるごちそうだ。
そして茶わん蒸しは、黒い容器の豪華版。昨日食べた茶わん蒸しは、スーパーで98円の一番お買い得なやつだ。今日のは、値段が倍はする。
具材には、分厚いシイタケや鶏肉、小エビ、ゆり根まで入っている。一口ごとに違う味が楽しめてうれしくなる。
うす口しょうゆで煮込んだとは思えないほど、おでんは濃い色で染まっている。こんにゃくの芯まで味が染みわたっている。大根は軽く箸ではさむだけで、つゆがあふれ出してくる。ほとんど力を入れずに割れた半分をほおばった。カツオと昆布、そして牛すじのうま味が凝縮した濃厚なつゆが口じゅうにほとばしる。僕はたまらずごはんをかき込んだ。
小皿のおでんを平らげ、また鍋から取り分ける。そのときこっそり、底の方を箸でさらってみたけど、たまごが入っている感触はなかった。豪華なおかずもあるし、今日はまあ、いいか。ふとそう思って顔を上げると、テーブルの向かい側のおばあと目が合った。おばあは白く輝く総入れ歯を、しわの寄った唇のあいだから覗かせて、口元だけでにやりと笑った。