つくり方を知らなかったおばあが即席で完成!最高の親子丼

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メニュー(昨日)
・鶏肉の炊いたん
鶏もも肉、玉ねぎ、糸こんにゃく、もやし
・なます
大根、にんじん、サバ
・大根おろし
大根、じゃこ
・みそ汁(2日め)
豆腐、玉ねぎ、青ネギ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

昨日の夕飯に、“鶏肉の炊いたん”が出てきた。大ぶりの鶏のもも肉は脂をしっかり含んだ皮と適度な弾力の肉がかさなって、歯のあいだで潰れる感触が心地いい。醤油とみりんベースの甘からい汁が、鶏肉のエキスと一緒になってあふれ出てくる。

このままでも十分おいしいけど何かが足りない……。もうひと切れ鶏肉を、続けてごはんを口に入れて思わず
「わかった!」
と叫んだ。テーブルの向かい側で、お茶碗を手にしていたおばあが
「なんやねん! びっくりさすな!」
と声を上げ、ごはん粒を口から飛ばした。

この鶏肉の炊いたんに溶き卵を追加して、半熟になるまで火を通し、ごはんにぶっかけてかき込みたい、という記憶の向こうからやってくる欲求に気がついたのだ。僕は現役の学生のころに、校内の食堂でよく親子丼を食べていた。ぶ厚いカツがのったチキンカツ丼よりも、かまぼこと油揚げが具材の安価な木の葉丼よりも、半熟たまごと絡めて甘からく煮た鶏肉の味と食感は、何ものにも代えがたい魅力を持っていた。

あのころの僕は親子丼が好きだった。それがおばあに夕飯と、朝と昼に食べるおにぎりをつくってもらうようになってからまったく口にしていない。最後に親子丼を口にしたのはいつだったろうか。おばあの家の近くに住みはじめた期間を考えると、すくなくとも6年! そのあいだ、ほとんど忘れていたけど、たしかにあのとき僕は、親子丼が好きだった。

「親子丼てつくったことあるか?」
僕はおばあにたずねたけど、
「なんやそれ! しらんがな!」
と一蹴された。おばあは親子丼がわからないのか! さすがに名前を聞いてイメージを思い浮かべることくらいできるだろう。知らないというのはきっと、つくり方のことだ。

鶏肉の炊いたんは、大きめのフライパンのままテーブルの真ん中に置かれている。
「ここに溶きたまごを入れてちょっと煮て、ごはんにのせれば親子丼になるで」
僕はつくり方を説明した。ところがおばあは眉間にしわを寄せ
「みそ汁にたまご入れるんか? そんなら、たまにやってるやろ」
とまったく要領を得ていない様子。

本当に親子丼がわからないのか! と問いただしたかったけど、短気なおばあに怒鳴り返されそう。そこで、できる限り優しい口調で、丁寧につくり方を説明することにした。まずは親子丼がなぜ親子というのか、という大前提から順を追って話し始めると、
「なんやその、子どもとしゃべってるようないい方は! 馬鹿にしとんのか!」
と怒鳴られた。

僕はなすすべがなく、黙って食事を再開することしかできなかった。全部平らげることもできたけど、フライパンの中身の半分ほどを残して食事を終えた。そして親子丼をつくるには残ったものにたまごを入れればいい、ということだけを伝えておばあの家を後にした。

それから1日後――

おばあは昼食に、残った鶏肉の炊いたんをすべて食べてしまっただろうか。声を荒げてから機嫌が悪くなったようで、まともに話さなくなったし、僕の言葉を聞き入れてくれたようには見えなかった。それならそれで、今日の夕飯を楽しめばいい、と自分にいい聞かせたものの、一度ぶり返した親子丼への思いが、往生際悪くくすぶり続けているのがわかった。

居間の戸を開けると、おばあが僕を呼んだ。声がした台所に行くとおばあが、火の着いたコンロの上のフライパンに向き合っていた。手には菜箸と、生たまごが割り入れられたお椀を持っている。黄身の数は3つ。
「ここにたまごを入れればええんか?」
おばあに聞かれたので、僕はそうだと答え、
「半熟になったら、ごはんにのせて」
といった。

フライパンに溶き卵が投入され、みるみるうちに白っぽく色が変わっていく様子を、僕は胸を高鳴らせてじっと見ていた。するとおばあが
「もう下がってええ」
と命令を下すようにいった。おばあは台所に他人が入ってくることを嫌う。ここは邪魔することのできないおばあの聖域だ。料理をつくってもらっている立場の僕は黙って従うしかない。

食卓で待っている時間がもどかしい。30歳を過ぎたあたりから、恐ろしく早く過ぎていくように感じていたのに、久しぶりに時間が経つのが遅いと感じる。10年以上前、学食の料理の受け渡し口で親子丼を待っていたときも、数分のことなのにやけに待ち遠しかったことを思い出す。

おばあが持ってきた丼ぶりを覗く。ふわっとした半熟たまごと鶏肉をはじめとした具材が、うすい醤油色に染まって輝いている。

まずはたまごに絡んだ大きな鶏肉を頬張る。昨日、思い描いていたあの味、よりもずっとうまい! なにしろ鶏肉がでかい。それにくらべれば、学食の300円の親子丼は鶏肉が豆粒みたいだった。記憶の中の親子丼は、なぜあれほど魅力的だったのだろうか。

「これは、うまいなあ」
おばあがしみじみといった。おばあのつくったこの親子丼も、いつか思い出すときがくるのかもしれない。それがいつのことになるのかは考えたくもない。とにかく目の前のこの親子丼が、僕が今まで食べた中で最高の親子丼だ。また食べたい、といわなくても、おばあの満足げな表情を見ていると、近いうちにつくってくれそうだ。

メニュー(本日)
・親子丼
たまご、鶏もも肉、玉ねぎ、糸こんにゃく、もやし、ごはん
・茹でオクラ
・焼きナス
ナス、生姜
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草