メニュー
・〈料亭風茶わんむし〉
・いくらの醤油漬け
・筑前煮
鶏肉、ちくわ、こんにゃく、ごぼう、にんじん
・サラダ
生:イチゴ、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
筑前煮の皿の隣に、黒いプラスチック容器の縁まで入った茶わん蒸しが並んでいる。これは近所のスーパーで売っている中でも最も高級な〈料亭風ちゃわんむし〉。
鶏肉やシイタケ、えび、ぎんなんといった定番の具材の他に、ホタテやうずらの卵まで入っている豪華版だ。濃厚な魚介系のうま味を感じるのは、ホタテエキスを加えているから。塩味よりうま味が効いた味付けは〈料亭風〉の名に恥じない上品さがある。ひと口食べれば、ししおどしがカコーン、と音を立てる気分になる。
おばあの家と離れた、僕の家の冷蔵庫には茶わん蒸しが常備されている。朝か昼に食べるおにぎりのおかずとして、また小腹がすいたときに食べている。電子レンジで温めて、スプーンですくって口に運ぶだけで、つるっと溶ける食感と卵黄とダシのうま味が、仕事の疲れや嫌なことを忘れさせてくれる。
僕にとって茶わん蒸しは、ごはんのおかずであり、心を癒やすリラックスアイテムでもある。離乳食のときから好んで食べていたというから、付き合いは長い。
とはいえ〈料亭風茶わんむし〉は、特売の茶わん蒸しよりも2.5倍から3倍の値段なのでなかなか手が出ない。おばあがたまに出してくれるのを楽しみにして、いつもは特売品をまとめ買いしている。
そして今晩、待ちに待った僕の好物を口にできる。しかも、いくらの醤油漬けまである。これも自分では買わない、ちょっと高価なあこがれの一品だ。醤油とみりんをベースにした絶妙な和風の味付け、そして口の中でプチプチとつぶれる食感、流れ出た中身の、口の中にいきわたるおいしさ。想像しただけで唾液が湧き出してくる。
魚介ダシの効いたとろける食感の茶わん蒸しに、こちらも魚介で和風の味付けのいくら。もしかしたら、味の相性はぴったりかもしれない。
僕はいくらをスプーンですくい、吐く息でぷるぷると揺れる茶わん蒸しの表面にそっとのせた。茶わん蒸しにスプーンを刺し入れ、数粒のいくらと一緒に口に運ぶ。
やわらかな茶わん蒸しに包まれて、いくらが弾ける。中身が飛び出てそれぞれのおいしさを高め合う。食感も味も、想像以上にいい! 食通が集まる料亭では、こういう食べ方は定番なのではないかと思うくらい合っている。
おばあにもこの食べ方を教えてあげないと! そう思って、テーブルの向かいに目をやると、おばあと目が合った。
「よくそんな、気持ち悪い食い方するな!」
おばあは吐き捨てるようにいった。
そういえば、おばあはいくらが嫌いだった。だけどそのいくらと茶わん蒸しを同時に出してくれたことで、僕は新しいおいしさを発見できた。明日にでも、おばあの好物のプリンを買ってこようと思う。