死んだおじいを偲び、孫の誕生日を祝う、高級魚ノドグロとショートケーキ

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メニュー
・ノドグロ(アカムツ)の焼いたん
・大根おろし
大根、じゃこ
・みそ汁
豆腐、玉ねぎ、わかめ
・サラダ
生:いちご、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん

「鯛は売ってなかったんや。かわりに別の赤い魚をこうてきた」
そういいながらおばあが、台所からあらわれた。手に持つ皿にのった魚を見て、僕は思わず声を上げそうになった。鯛をスリムにしたような形と大きな目。これはまさしく、ノドグロだ!

全国的にはアカムツといい、北陸を中心とする日本海側の地域では、開いた口の奥が黒いことからノドグロと呼ばれる。正月に食べる高級魚の代名詞である鯛よりも希少で、味は絶品だという。実際に味わったことはないけど以前、石川県を旅したときに、市場の鮮魚店に並んでいた。個性的な見た目と価格のインパクトが、一度見ただけのノドグロの名前を忘れられないものにした。

おいしいものをつくって食べることを生きがいにしているおばあでも、さすがに何でもない日にこんな高級食材なんて買ってこない。今日3月7日は10年ほど前に死んだおじいの誕生日。そして、僕の生まれた日でもある。おじいと僕は誕生日が同じなのだ。

おじいは魚が好物で、とくに正月に食べる大きな鯛の塩焼きには目がなかった。みんながとりわけたあとも、骨や皿に残ったわずかな身を大事そうにかき集めていたのを覚えている。

おばあはおじいをしのんで、鯛の塩焼きを出そうと思っていたらしい。おじいには悪いけど、今日に限って鯛が売っていなくてよかった。これで念願のノドグロが食べられる!

箸でさわるとヒレがぱりぱりと、音を立てて割れた。尻尾や皮の一部も、油で揚げられたような色と感触がある。おばあは魚を焼くとき、クックパーという焦げ付き防止のシートをひいたフライパンを使う。そこに油を引きすぎたのだろうか。
「油はほんまに少しだけしか入れてへん。魚の身から脂がようけでてきたんや」
とおばあは不思議そうに首をかしげる。

焼くと身から溶け出した脂で軽く揚げられてしまうほど、ノドグロには脂がのっているのだ。皮はうすく身は簡単にほぐれ、ふわふわとしてやわらかい。箸でつまむと脂がしたたる。口に入れると、甘い。正月の鯛はちょっときつめの塩加減がおいしいけど、ノドグロの味付けはほんの少しでじゅうぶん。脂が多くてもくどくなく、後味はさっぱりしている。付け合わせの大根おろしの相性もぴったりだ。

「これは、うまいわ!」
おばあは珍しく味を絶賛しながら、手づかみでかぶりついている。僕もおばあにならい、両手を駆使して大きな骨だけを残し、隅々まで平らげる。魚好きのおじいも、この魚を食べていたら気に入っていたはず。

おばあも同じことを思っていたらしく食事を終えると仏間に向かう。おじいにノドグロの味を報告しに行ったのかと思ったけど、すぐに戻ってきたおばあの手には、ショートケーキが2つ入った透明なパックがのっていた。近所のダイエーのケーキ売り場で見たことがあるやつだ。

ケーキのクリームはこってりとして、スポンジのあいだに白桃まで入っていて、イチゴが酸っぱかった。ぜんぶ食べ終え、口の中がすっかり甘くなった後もノドグロの味が残っていた。ケーキとノドグロが混じったこの味は、しばらくのあいだ忘れられないと思う。