東南アジアのスコールみたいな雨が降る蒸し暑い日が続き、ついにセミまで鳴きはじめた。だけど僕の祖母、おばあは棚の奥にしまったもらいものの高級そうめん『揖保乃糸』を一向に出してくれない。先日なぜかと聞いてみたら、存在自体を忘れていた。
箱を取り出し思い出させたので、さすがにそろそろ冷たいそうめんが夕飯の食卓に並ぶはず! しかも今日は明け方から雷が鳴り響き、晴れたと思ったらまた雨が降り、一日中湿度は最高潮。粘りつくような蒸し暑さに早くも夏バテ気味で、晩ごはんの時間になってもいつものような食欲が湧いてこない。
冷え性で暑さに強いおばあも、つるっといけるそうめんが恋しくなっているのに違いない! そう期待しながらおばあの家に向かうと――
「おお、来たか!」
おばあは珍しく、僕を待ちかねたような明るい声で迎えてくれた。いつもは僕がやって来ても、テレビを見たままほとんど目も向けてくれないのに……。
もしかして……自分が作った料理の出来に満足して、早く僕にも食べさせたいという気持ちがそうさせているのか!? だとしたら、まさか……今日のメニューは
急いでテーブルに着くと、そこには何だか涼しげな料理が並んでいる!
大きな皿には――
キャベツとトマトとブロッコリーの芯(生!?)が山盛りのサラダ。
そして隣の皿には――
千切りの生ピーマンと薄焼きたまごの、緑と黄色が鮮やかなサラダ……じゃない!?
そのすき間に見えるのは――
糸のように細長くて白い、そうめん!! ついに念願の、今年初のそうめんが食べられる!
それにしても、トッピングが薄焼きたまごに生ピーマンの千切りって、はじめて見たけど……めちゃくちゃ相性良さそうやで、おばあ
トッピングごとめんつゆにたっぷり浸してすすると、思った通り……いや、それ以上だ!
ピーマンはみずみずしく甘みがあり、ちょっと半熟の薄焼きたまごがそうめんに絡んで……もう、最高! さっぱりかつ濃厚で、蒸し暑さで半減していた食欲が蘇ってくる。
夢中でそうめんをすすっていると、
「たまご、失敗してもうたわ」
とおばあが残念そうに言う。
どうやらたまごは、固焼きの錦糸たまごが作りたかったらしい。だけど……。
「この半熟のほうがええやんか。大成功やで!」
僕が正直な感想を伝えると
「そうか。たまごは2個焼いたで!」
となぜかおばあは、使ったたまごの個数を教えてくれた。
その表情は目元がゆるんで、お気に入りの花柄マスクを着けていても喜びが伝わってくる。さっきの『失敗』発言は、おばあなりの謙遜らしい。今晩は特に腕によりをかけて料理を作ってくれたようで、僕の感想がうれしかったのだ。
それにスペシャルなのは、そうめんだけじゃない。
煮物には、おばあの田舎の愛媛から送られてきたゼンマイや――
総菜のロールキャベツまで入っている。形が崩れているのはよく煮込まれているからで、トロトロのキャベツはしっかりと甘い。ゼンマイの独特の食感とのコントラストもクセになる。
そして味噌汁は――
僕の好きなワカメと豆腐という王道の具材。
さらに――
カツオのたたきと鯛の刺身が、同じ皿に並んでいる! 脂の乗った旬のカツオと、歯ごたえがあって淡泊な鯛の刺身を組み合わせるとは、さすがおばあ。食べることが何より好きなだけあって、おいしい組み合わせをわかっている。
それにそうめんをすすって刺身を頬張ると……これ、もうたまらへんで、おばあ!
メニュー
・そうめん
トッピング:生ピーマンの千切り、薄焼きたまご
・サラダ
トマト、キャベツ、ブロッコリーの芯
・煮物
ゼンマイ、ロールキャベツ、タケノコ、ちくわ、鶏肉
・ワカメと豆腐の味噌汁
・カツオのたたきと鯛の刺身
おばあオリジナル・トッピングの今年初のそうめん。そして盛りだくさんのおかずで、蒸し暑さと食欲不振はすっかり吹き飛び、気がつけばこれだけの量を全部一気に平らげていた。顔を上げておばあを見ると、まだうれしそうな表情のままテレビを見ていた。