近ごろ、おばあの家の食卓には、買ってきた惣菜がよく並ぶようになった。出来合いのおかずだっておいしいし、高齢のおばあが持病の関節痛をこらえながら台所に立ち、いちから全部つくる必要なんてない。
特に揚げ物は、この蒸し暑い時期につくると、体にもかなりこたえるはず。おばあはなぜかあまり水を飲まないので、冷房の冷気が届かない台所で高温の油に向き合っていると、噴き出す汗もなくなって、熱中症にかかってしまうのに違いない。そしてめまいを起こして、鍋をひっくり返しでもしたら…‥‥。
ついこの前も、煮物を温めていたことを忘れて、真っ黒に焦がしてしまった。あれが油をためた鍋だったら……考えただけでも恐ろしい。
もちろん、おばあがつくったほうがおいしいけど、事故や火事のことを思ったら揚げ物を買ってくるのは大賛成! 安全第一! おいしさは二番目だ!
そんなこと、おばあ自身もよくわかっているから、今日も唐揚げを買ってきたのだろう。でも、だからといって――
メニュー
・唐揚げ
・高野豆腐
・スパゲティサラダ
・煮物
たけのこ、糸こんにゃく、れんこん
・ほうれん草のおひたし
・長芋
・ごはん
どうしてトレーのまま出すんや、おばあ!
洗い物担当の僕の手間を省いてくれたのか!? いや、これまで、洗い物のことなんて気にせず、買ってきたおかずはバンバン皿に盛りつけて出していた。そして「自分でつくった」と、平然といってのけることさえあったのに。
買ってくるのは全然かまわないけど、それを隠そうともしないなんて。得意だったはずの料理が、それほど面倒になっているとしたら……。もしかしておばあは、体力も気力も、僕が思っている以上に衰えているのか!?
もうおばあがつくった鶏の唐揚げは、二度と味わえないのかもしれない。そう思うと、おばあがよくつくってくれた、『揚げずにからあげ』をわざわざ揚げた、あの独特の唐揚げが恋しくなってくる。
さらにショックなのは―――
味のよく染みた高野豆腐も、
マヨネーズたっぷりのスパゲティサラダも、おばあのお手製だと思っていたのに……買ってきた惣菜だったことだ! 味はおいしいからいいけど、何だか寂しさがこみ上げてくる。
得意の煮物も、糸こんにゃくが焦げてしまっている。一部の料理だけじゃなく料理自体、つくるのが難しくなってきているのか!?
それにしても、おばあはどこにいるんだ。居間にいないとすれば台所だ。別のパック入りのおかずを、冷蔵庫から取り出しているのかもしれない。
そんなことを考えていると、思った通りおばあが台所から現れた。手に持っているのは発泡スチロールのトレー、ではなく――
皿に盛られた手づくりのサラダだ!
いつもと同じく、生のキャベツや茹でたブロッコリーの上に、醤油漬けの玉ねぎやミニトマトが乗っている。考えてみれば、これだけでもけっこう手間暇がかかっている。ほんとうに料理をつくる気力を失くしてしまったら、こんなサラダはつくれない。
おばあはサラダをテーブルに置くと、すかさず台所に引き返していった。後を追うと――
お椀に何かをよそっている! テーブルにはすでにけっこうな品数が並んでいるのに、おかずがまだあるのか!?
この緑のかたまりは!
ロールキャベツ! これもたまに買ってくる出来合いの総菜だけど、浸っているスープからは和風のカツオダシの香りが立ち上ってくる。
「このスープ、おばあがつくったんか?」
思わず聞くと、
「そうや! ほかに誰がつくるねん!」
いつもと変わらぬ大声が返ってきた。
スープをひと口すすると……これは!! このまろやかなうま味は、ちゃんとカツオ節からとった合わせダシだ! おばあも顆粒のダシを使うことは多い。でもどうして、トレーのおかずが並んでいる今日に限って、ダシは手間暇かけているんだ!?
そうか! たしかにおばあは、できないことが増えてきている。トレーのおかずを皿に移すのも簡単ではないのだろう。特に今は蒸し暑い低気圧の日が続いて、関節の痛みも増しているはずだ。それでも、できることを精いっぱいやってくれているんだ!
そう思うと、今日のメニュー――
すごいご馳走やで、おばあ!