おばあがつくる晩ごはんには、必ずメインのメニューがある。鶏の唐揚げとかハンバーグとか巨大な焼き魚とか、肉か魚を使った、テーブルの上でひときわ食べごたえがありそうな料理がそれだ。三食ぶんはありそうなほど山盛りだったり、肉と魚が同時に並んでいたり、メインの料理は豪華すぎることはあっても物足りないことなんてない。
こんな育ち盛りの体育会系が喜びそうな料理、運動不足の30代が食べきれるわけないだろう。箸をつける前はそう思っても、食べはじめると止まらなくなって結局ほとんど平らげてしまう。おばあの料理を食べるようになったここ7年で、体重は7キロぐらい増加した。
どんどん肉付きが良くなる僕の体型を心配したおばあは、ごはんのお代わり禁止令を出した。だけどおかずがカロリー過多なので体重増加は止まらない。
僕をやせさせたいなら、おばあはなぜ、おかずの量を減らさないのか。太りやすい揚げ物の日がやたら多いのはなぜなのか。僕の体重と同じく、おばあに対する疑問は日に日に増していくばかりだ。
本気でやせるなら方法はわかりきっている。おばあ任せにせず、出てきた料理を残せばいいだけだ。でも残すなんて考えられない。僕はおばあがつくる「揚げずにからあげ」をたっぷりの油で揚げてしまうような、肉料理と魚料理がテーブル上でひしめいているような、量もタンパク質もカロリーも過剰なメニューが好きなのだ。それを思う存分味わえるなら、あと3キロくらい太ってもかまわない。
それほどメインの料理を楽しみにしているのに、今晩はどうしたことだろう……。
メニュー
・マカロニサラダ
マカロニ、ハム、きゅうり
・酢の物
タコ、わかめ、きゅうり
・茹でオクラ
オクラ、かつお節
・きんぴらごぼう
鶏肉、ごぼう、にんじん
・たけのこの煮物
・サラダ
生:玉ねぎ、トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
品数は多いけど、肉や魚といえば
小皿のきんぴらごぼうに混ざっている2、3片の鶏肉か、
刻みオクラにまぶしてあるかつお節くらいのもの。
お馴染みの酢の物や、
たけのこの煮物はたしかにおいしいけど、いつものメイン料理と比べると単品ではちょっと物足りない。
僕が自炊するなら、1食に用意できるのはせいぜい2品くらいだ。それなのに6品ものおかずを前にして〝物足りない”とは、なんて贅沢で甘えた感覚なんだと自分でもあきれてしまう。だけどおばあのサービス精神あふれる過剰なメニューを、7年にも渡って口にしてきた僕は、不満を感じずにはいられない。
それに肉や魚が好きなのは僕だけじゃない。おばあだって毎晩、84歳とは思えない食べっぷりでハイカロリーな料理をバクバク腹におさめている。それがどうして……。
もしかしておばあは、僕を本気でやせさせる気になったのか! だから野菜たっぷりのおかずでカロリーを減らしたのかもしれない。だとしたらひとつ、納得できないことがある。
メインの料理はいつも、僕から見てもっとも手前に配置される。今晩、そのポジションにあるのはマカロニサラダだ。千切りのロースハムやきゅうりが混ぜ込まれているけど、小麦粉でできているマカロニは、ごはんと同じく脂肪になりやすい炭水化物。
おばあはごはんのお代わりは禁止しているのに、マカロニをメインに持ってくるなんてめちゃくちゃだ。うどんをおかずにごはんを食べるような、ダイエット中なら真っ先に禁止すべき食べ合わせである。
だけど味付けのマヨネーズはかなり少なく、食材の表面にうすい油の膜をつくるほどしか使われていない。マヨネーズが太りやすいことをおばあはちゃんと知っているから、使う量を減らしているのだろう。おばあはこのマヨネーズ少なめのマカロニサラダが、ダイエットに最適だと思っているようだ。
だとしたら、おばあはマカロニを何だと思っているのだろう。向かいの席でたけのこをかじっているおばあに聞いてみると、
「サラダやろ」
とのこと。
「サラダって、野菜のことか?」
さらに聞くと、
「サラダはサラダや!」
とおばあは声を荒げ、口からたけのこのかけらが飛び散った。
やはりマカロニは炭水化物という認識がおばあにはないのだ。単純なおばあは〝サラダ”という名前がついているだけで、マカロニサラダを毎日食卓に並ぶ野菜サラダと同じようなものだと信じているのに違いない。
間違いを正す気にはなれない。メニューは僕の健康を考えて用意してくれたものだし、僕自身もう少しくらい太ってもいいと思っているし、この程度の炭水化物の重ね食べなんて気にしない。
黙って食べ進んでいると、先に食事を終えたおばあが立ち上がって台所に向かった。すぐに食卓に戻ってきたおばあは透明な容器に入ったブドウを手にしていた。
これはおじいの仏壇にあった、お盆のお供え用のブドウだ。
おばあは素早く伸ばした手で一粒どころか房ごとつかんだ。
それを片手で大事そうに握りながら、次から次へとちぎっては吸い込むように口に入れ、まとめて数個ぶんの皮を吐き出す。
今晩の料理が物足りないのは、おばあも一緒なのだ。だから食後に間髪入れず、ブドウを一気食いでもしないと満足できないらしい。
僕も急いで料理を食べ終え、ブドウの容器に手を伸ばす。だけどそこには房から取れたわずかなブドウしか残っていなかった。