年に一度のお楽しみ!牡蠣フライを一番おいしく食べる方法

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いつもの夕飯の時間より30分早く、おばあの家に来てしまった。遅く来ても料理が冷めるといって怒られるし、早くてもおばあは嫌がる。「さっさと料理を出せ」と、急かされているように感じるらしい。機嫌が悪くなったおばあは台所から、「まだくるなや!」と一喝。そして僕が何を話しても無視し、楽しいはずの夕飯の時間が気まずい沈黙に支配されるのだ。

それでも今晩、僕は早い時間にやってきた。牡蠣フライのことを考えてしまって、ほかのことが何も手につかなくなったからだ。

蒸し牡蠣を食べた翌日は、牡蠣フライが出る。これは去年もそうだった。おばあがお歳暮でもらう岡山直送の牡蠣は殻付きと、調理しやすいむき身の2種類がある。去年と同じく、殻付きを蒸した翌日は、むき身をフライにするはず。

フライは揚げたてがおいしい。ましてや牡蠣だ。おばあに怒鳴られ邪険にされようと、去年食べたあの牡蠣フライを、揚げたそばからつまんで味わいたい。その一心で僕は、今年一番という寒さの中を、小走りで駆け抜けてきたのだった。怒声を浴びせられることを覚悟して、居間の戸を開ける。

岡山から直送の牡蠣を揚げたカキフライなど、おばあがつくった晩ごはんのメニュー

メニュー
・牡蠣フライ(岡山の牡蠣)
・煮もの
レンコン、たけのこ、こんにゃく、にんじん
・黒豆煮(フジッコ おまめさん)
・ごはん
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草

食卓にはすでに、牡蠣フライの山ができていた。サラダ油でパン粉を揚げた香ばしいかおりが部屋に充満している。僕が来る直前に揚げあがったらしい。あばあは席について箸を取り、食事をはじめようとしていた。

僕がいつもより早く来ることを、おばあは予知していたというのか。たしかに、蒸し牡蠣の翌日は牡蠣フライが出る。それを知っている僕が待ちきれずに早く来る、とおばあが考えたとしてもおかしくない。だけどおばあは人一倍、頑固でプライドが高い。僕がいくら地球は丸いといっても、自分の感覚とは違うといって信じようとしない。僕に合わせておばあが、いつもの時間に料理をつくるという長年培ってきたルーティンを変えるとは思えない。

スーパーで買ってきた黒豆煮

牡蠣フライのほかにも、黒豆煮や、

おばあが晩ごはんにつくった煮物(たけのこ、レンコン、こんにゃく、にんじん)

煮ものなど、食卓にはいくつも料理が揃っている。やはり、僕が早く来ることを見透かしていたとしか考えられない。

牡蠣フライをつまむ、おばあの箸

僕が居間に足を踏み入れ席に着くあいだにも、おばあは何度も牡蠣フライの山に箸を伸ばしている。衣の内側はかなり熱いはずなのに、ひとつ丸ごと口に入れ、総入れ歯で容赦なく噛み砕く。そしてまだ口の中に残っているのに次つぎとほおばる。

僕も箸を取り、おばあの勢いに負けまいと牡蠣フライを口に放り込む。ひと噛みすると、サクッと揚がったきめ細かなパン粉が崩れ、中からとろとろの牡蠣とエキスがほとばしった。あわてて湯呑のぬるいお茶を流し込む。そしてまたすぐ、もうひとつ口に入れ、同じことを繰り返す。この熱さと、衣の食感に引き立てられた牡蠣がたまらない。やっぱり牡蠣フライは、揚げたてがいい。

目の前ではおばあが、熱さなんて感じないかのように、揚げたての牡蠣フライを連続で食らいつづけている。

おばあが晩ごはんにつくった牡蠣フライ

大きな山が消え、平らにならされたところで、おばあの箸が止まった。昨日、おばあが平らげた蒸し牡蠣の量からすると、まだまだ食べられそうに思える。

おばあはぬるいお茶の入った湯呑に手を伸ばした。さすがにアツアツの牡蠣フライを一気食いして、口の中をやけどしてしまったのだろうか。

おばあはお茶を飲み干すと、
「ああ、よう食ったわ」
と満足げに息を吐いた。
「もう終わりか? もっと、食べられそうやけど」
僕がいうと
「揚げながら、ようけ食ったからな」
おばあは、遠くを見るような目をしていった。

そうか。揚げたての牡蠣フライを口にするのを、おばあ自身が待ちきれなかったのだ。だから、いつもより早く料理ができていたというわけか。おばあを追求して、本当にそうなのか確認したかったけど、僕は黙って牡蠣フライを口に入れた。テーブルの向かい側では、満ち足りた様子のおばあが、イスに深く腰掛け目をつぶっていた。