メニュー
・うなぎの蒲焼き(出来合い)
・ハモの天ぷら(出来合い)
・白菜キムチ
・きゅうりとタコの酢の物
・みそ汁
豆腐、わかめ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
「今日はこれを食う日なんやってな」
そういいながら、おばあが台所からやってくる。手に持つ皿にはラップがかけられ、端のほうから湯気が上がっている。中身は茶色く、ところどころに香ばしそうな焦げ目があって細長い……うなぎだ! 今日は土用の丑の日だ!
「それに、お前がうなぎ好きやから買うてきたったんや!」
おばあはなぜか大声で、うなぎは僕のために用意したものだと強調する。僕はうなぎが大好きだけど、それはおばあも同じじゃないか。
魚とは思えないふわっとした食感。身にはたっぷりと脂がのり、味付けは濃いめで甘辛い。柔らかいものと味の濃いものが好きなおばあは、うなぎの蒲焼きには目がない。自分も好物なのに、僕のために仕方なく買ってきたようないい方をされるのは納得できない。
「ハモも買うてきてやったんや!」
おばあは相変わらず強い口調で、ひとりごとをいう。それよりも今、おばあはたしかにハモといった。うなぎの皿の隣にある天ぷらのことらしい。ハモというのは、京都の料亭なんかで出てくる高級魚ではなかったか。それを僕に食べさせるために「買うてきてやった」ということか。
ひと口食べてみる。出来合いのものだから衣は少し湿っているものの、身はふっくらとしていて、口の中で細かくほどけていく。小骨が多いと聞いたことがあるけど、ほとんど存在が感じられないくらいに、骨切りによってうまく処理されている。ほどよい塩加減の淡白な白身にレモン果汁のさわやかな酸味がよく合う。
おばあはそこに、醤油をぶっかけている。「柔らかいものと味の濃いものが好きなおばあ」にとって、このハモの天ぷらもうなぎの蒲焼きと同じく大好きな食べ物に違いない。それをあくまで僕のために用意したとおばあはいい張っている。
ハモの天ぷらはたしかにおいしい。しかもそれをうなぎと一緒に食卓に並べるなんて、僕ひとりだと、とてもできない贅沢な組み合わせだ。だけどそれを恩に着せるようないい方をするおばあに、「おいしい!」とか「ありがとう!」なんて素直に反応してしまうのは嫌だ。
一切の感情を押し殺して無表情をつくり、おばあのことは無視して食事を続けることにする。
ハモの天ぷらをひとつ平らげたあと、ごはん茶碗に伸ばした手が思わず止まった。僕はさっそく目を見開いてしまい、驚きの感情を隠すことができなかった。
おばあの家で食べるごはんはいつも、黒っぽい筋のある押し麦を混ぜた麦ごはんだ。かなり血圧が高いおばあの健康を考え、降圧作用がある押し麦をブレンドしているのだ。それが今日のごはんは混ざりものがない純白で、蛍光灯の光をつややかに照り返している。
テーブルの向こうからおばあの鋭い視線を感じる。
おばあは手を伸ばし、ほうじ茶が入ったヤカンのそばにある何かをつかんた。そしてそれを僕のうなぎのそばに置いた。小さな計量カップの中に、パック入りの「蒲焼きのたれ」が押し込められている。たれのパックはすでに開いていて、おばあと僕のうなぎの蒲焼きにかけたあとらしい。それでも中身はまだ残っている。
白いごはんとうなぎの蒲焼き、そしてたれ……そうか!
3つの素材をひとつにすればうな丼の完成だ! うな丼にするならごはんは麦ごはんではなく、米だけのほうが合う。そう判断したおばあは、自らの健康をかえりみず、白ごはんを用意したのだ。
おばあに目をやると、すでにうな丼をほおばっていた。
「こりゃあ、うまいわ!」
と声を上げたおばあの口から、ごはん粒がひとつ飛んできた。
やっぱり今日のメニューはどれも、僕に食べさせることを口実にして、おばあ自身が食べたいものをそろえたのだ。うなぎやハモはいいとしても、いつもの麦ごはんまで白ごはんに替えてしまうなんて……。
「健康のことも考えてや!」
と僕はいわずにはいられなかった。すると、
「なんや! 今日くらい、黙って食え!」
おばあに一喝されてしまった。
うなぎもハモも用意してくれたことだし、今日のところは黙っておいてやることにする。うな丼をほおばると、声を上げたいくらいうまかった。でも黙っておいてやることにする。