メニュー
・焼きナス
ナス、生姜
・納豆
納豆、卵黄
・煮物(2日め)
手羽元、厚あげ、ごぼ天、たけのこ
・なます(3日め)
大根、にんじん、さば
・みそ汁(2日め)
豆腐、わかめ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん(博多みやげの明太子のせ)
さわやかな辛さとほのかな甘さが混じった、食欲をそそる独特の香りが、居間じゅうに漂っている。食卓にならんだ夕飯は、昨日と同じく品数が多くて色とりどり。栄養のバランスもよさそう。昨日の献立と違うのは、コロッケが納豆に、オクラが焼きナスに変わっているところだ。この焼きナスの付け合せが、さっきから僕の空の胃袋を刺激し続けている香りの源だ。
皮をむいた焼きナスが盛られた皿の端には、すりおろした生姜が多めにのっている。スーパーで売っている生姜、ひとかたまりほどの量はありそうだ。濃厚な香りとみずみずしい見た目からすると、チューブでもつくり置きでもない。僕が夕飯を食べに来る直前に、おばあがすりおろしたのだ。
鼻から思い切り息を吸い込むと、芳醇な生姜の香りが脳天へと抜けるようで心地いい。息を吐き出すときも、まだ強い香りが残っている。夕方にバナナとチョコレートを食べて小腹を満たしたけど、息をするたびに、どんどんお腹がへっていく。
ちかごろ僕は食べ過ぎで太ってきている。僕と同じ年齢の“北の将軍様”がテレビ画面に映るとおばあは、
「今にあんなんになるで!」
などと真顔でいってくる。僕の体型と健康を心配したおばあは昨日、ごはんのおかわりとマヨネーズの使用禁止を通告。さらに咀嚼によって満腹感が得られるよう歯ごたえのあるオクラを大量に提供した。オクラはおいしかったものの、おかわりとマヨネーズなしはこたえた。おばあの無慈悲な仕打ちをなんとか持ちこたえたばかりというのに、今日も昨日と同じ、いや、それ以上の波状攻撃を仕掛けてきた。
今日もごはんのおかわりをおばあは許さないだろうし、僕だって太りたくはない。それなのにおばあは、食欲を増進させる香りを放つおろし生姜を、僕の焼きナスの皿にたっぷりと盛り付けている。ごはんには、これだけで一膳食べたい上質な博多の明太子ものっているし、隣の小皿には、これまたごはんにのせたい僕の好物、納豆まで……。
まずはお腹が減る香りの元を絶とう。僕は焼きナスにポン酢をふりかけた。そして細長く切り分けられた焼きナスでおろし生姜をくるみ口に運んだ。やわらかいナスの間から、ぴりっと辛い生姜がにじみ出てきた。香りとともに、今年も出回りはじめた旬のナスのおいしさを引き立てる。ごはんが欲しくなって、明太子も一緒にかき込む。ただしごはんの量はすくなめだ。
焼きナスを半分ほど食べ終えると、おろし生姜はすっかりなくなった。これで香りもうすくなるかと思ったけど、まだあたりに充満している。食欲は増していく一方だ。
とにかく食べすすもうと、残りのナスに箸をつけると
「生姜、おろしたんがまだあるで。台所からとってきいや」
おばあがさらにおろし生姜を食べるようにすすめる。どういうつもりだろうか。僕の食欲を増進させて、ごはんをおかわりさせず、物足りない顔を見て楽しみたいのだろうか。おばあこそ、高見から非情な采配を振るう“北の将軍様”みたいじゃないか。おばあに料理をまかせて食べものの主導権を握られている僕は、独裁国家の民衆みたいにひれ伏すしかないのか。
僕は率直な意見を表明することで、ささやかな抵抗を試みることにした。
「なぜそんなに生姜を食べさせようとするんや!」
ところがおばあは鬼の形相で怒鳴りつけて僕を黙らすなんてことはせず、
「生姜はやせるらしいで!」
と明るい表情で告げた。いいダイエット法を知ったから試してみろということらしい。
台所に行くと、流し台に置かれたセラミックのおろし器に、すりおろされた生姜がまだ多く残っていた。おろし器ごと持ってテーブルに戻り、焼きナスの皿にはじめの量と同じくらいおろし生姜を盛った。これを食べるだけで本当にやせるのだろうか。たとえそうだとしても、高まる食欲をコントロールできる自信はなかった。