メニュー
・ラーメン(マルハニチロ「横浜あんかけラーメン」)
・すき焼き
牛肉、白菜、たまねぎ、糸こんにゃく、長ネギ
・野菜
(生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草)
・ごはん
「横浜あんかけラーメン」の袋を開けると、黄色いたまご麺と、きくらげに豚肉、8種の野菜入りのあんかけスープが、かちかちに凍っている。まずはあんかけスープを電子レンジに入れて600Wで2分チンする。鍋で湯を沸かし、チンしたあんかけスープを投入。そこにたまご麺を加えて、箸でほぐしながらひと煮立ち。
鍋のなかでゆっくりと沸騰する、とろとろのスープから湯気が立ちのぼり、見ているだけで体が熱くなってくる。台所に充満する、本格的な中華スープの香りが、この冷凍インスタントラーメンの完成度の高さを期待させる。鼻から何度も息を吸う。もう、空腹は限界だ。
大きなどんぶりに、鍋の中身を半分ほど流し込んだところで、失敗を犯してしまったことが判明した。スープの量が多すぎるのだ。気づいたところで、もう後戻りはできない。どんぶりは縁のぎりぎりまでラーメンで満たされて、少しでも揺らすとスープがあふれてしまう。香りはいいけど、水を入れすぎて、味はかなりうすいはず。つくった自分が悪いのはわかっているけど、こうなったのも、おばあの策略のような気がしてならない。
今日、おばあが晩ごはんに用意していたのは牛肉がたっぷりのすき焼き。これとごはんがあれば、じゅうぶん満足できる。だけど今日は、すき焼きに加えて、冷凍のインスタントラーメンもあると、おばあはいった。知り合いが「ものすごいおいしい」といって、持ってきてくれたという。
わざわざ買ってきてまで人に食べさせたくなるほど、おいしいインスタントラーメンとはどんな味がするのだろうか。とても食べてみたい。それに、すき焼きとラーメンは、どちらも僕の好きなもの。思い返すと、今までの人生で、この2つを一緒に食べたことはない。すき焼きとラーメン(しかも、ものすごくおいしいらしい)を同時に食べられるなんて、ものすごく贅沢なことのようだ。
それで僕は、ラーメンも食べたいといった。すると食卓に着いていたおばあが立ち上がり、台所に行こうとする。まてよ。おばあが麺類をつくると、麺は間違いなく伸びている。総入れ歯のおばあは、コシのあるさぬきうどんも、アルデンテのパスタも、テレビでおいしくなるといっていた茹で方のそうめんでさえ、硬いといって受け付けない。おばあが冷凍のインスタントラーメンをつくると、煮込みすぎて、プツプツ切れる安物のそばのような麺になりそうだ。
「おばあがつくると麺が伸びるから、自分でつくる」。ストレートにそういうと、おばあの機嫌が悪くなりそうなので、「インスタントラーメンくらい自分でつくれる。座ってゆっくり晩ごはんを食べていたらいいよ」というようなことを伝えた。
おばあはだまって席に着いたものの、返事もせず目も合わそうとしない。僕の本心を感じ取り、機嫌を損ねている。まあ、おいしいラーメンが食べられればいいや。そう思って台所に立つ。
ひとり用の片手鍋の場所がわからず、台所からおばあに聞いても返事はない。あちこちの戸棚を開けて、ようやく見つけた。自分が一人暮らしをしていたころに使っていた鍋なら、インスタントラーメンにちょうどいい水の量は感覚でわかる。だけど鍋の形が変わると、どこまで水を入れればいいのかわからない。ラーメンの袋の裏には、水は300CCを鍋に入れると書いてある。おばあに計量カップの場所を聞いても、やっぱり無反応。仕方がないのでテキトーに水を入れ、失敗してしまったというわけだ。
おばあは僕の失敗を見て、気持ちが晴れるだろうか。いや、本当に水の分量を間違えるなんて思っていなかっただろう。おいしいものを食べさせたいから、おばあは自らラーメンをつくってくれようとしたのだ。僕がつくったとはいえ、分量を間違えて、それがおいしいものじゃなくなったら、おばあにとっても失敗だ。
僕はどんぶりを両手で底から抱えて、そろそろと、スープがこぼれないようにすり足で食卓に持っていった。おばあは、僕が運んできたラーメンを見て、さぞ落胆するだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
席に着き、おそるおそるおばあを見ると、すき焼きの取り皿に向けて顔を伏せている。表情はわからないけど、肩が震えていた。泣くほど悲しいのか。不安になって思わず謝ってしまいそうになったけどちがった。おばあは、笑いをこらえていた。
とても腹が立つので、僕は「失敗した」とか「おいしくない」という気持ちは表情に出さないと決めた。でもその必要はなかった。とろみのあるラーメンは熱くて、ちょっとうすいことをのぞけば、かなりいい味だ。すき焼きの味付けが濃い目なので、このくらいうすいほうがちょうどいい。
僕が麺をすすっていると、おばあが不意に口を開いた。
「ラーメンは、まだ残ってるんやで」
あと何袋くらい冷凍庫に入っているのだろう。そんなことを考えていたつもりなのに、
「今度は、おばあがつくってや」
と僕は思ってもないことを口走ってしまった。