蒲焼じゃない、肝でもない、土用の丑の日の第三の鰻

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去年の土用の丑の日から、今日でちょうど丸一年。そのあいだにウナギを食べたのは一度だけ。それも蒲焼の“身”ではなく、串焼きのキモだった。先日おばあが、休みなく働いていた僕のスタミナ源にと買ってきてくれたものだ。

はじめて口にしたキモの串焼きは、蒲焼のタレが絡んで甘辛く、食感は鶏や豚のレバーよりねっとりとしていて、いかにも馬力が出そうな濃厚な味わいだった。

食べ終えると、また頑張ろうと力が湧いてきた。だけどあの串焼きのタレの味とかおりで、僕は思い出してしまった……。箸でつつけばふわっとくずれ、口に入れればじゅわっと脂がほとばしり、香ばしいかおりとともに五感を刺激する滋味豊かなウナギの“身”の味を!

やっぱりウナギの“身”が食べたい! だけどウナギの値段は年々、それこそウナギ登りに上昇を続けている。おばあがキモの串焼きを出したときも、本当は“身”のほうを買ってこようとしたのかもしれない。だけどあまりの値段に手が出せず、代わりににキモを……。だとしたら今年の土用の丑の日も、キモの串焼きしか出てこないのでは!?

たまには僕が奮発して買ってこようか。いや、食事のことで、僕が口出しをするのはよそう。おばあには、死んだおじいや僕をはじめ、これまでずっと誰かに食事をつくりつづけてきたプライドがある。僕が買ってくるなんていうと、おばあは怒鳴って断り、多少無理をしてでも自分でウナギを買ってくるだろう。

今晩の食卓に何が並ぶのか、いつものようにおばあに任せよう。“身”が無理なら、キモでも構わない。いや……ウナギが出なくてもいい。おばあが選んでつくった料理を、何でもおいしく食べてやる! そう自分に聞かせながら居間の戸を開けると、テーブルにあったのは――

ウナギの白焼きや鯵の刺身など、祖母(おばあ)が作った土用の丑の日のメニュー

メニュー
・ウナギの白焼き
・アジの刺身
・味の素冷凍食品「プリプリのエビシューマイ」
・茹でもやし
・サラダ
生:ミニトマト、玉ねぎの醤油漬け、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん

すごいご馳走やないか! そしてこのーー

土用の丑の日に祖母(おばあ)の家で食べたウナギの白焼き

見るからにふっくらと焼き上がった、ウナギの白い“身”! ウナギはウナギでもタレをかけずに焼いた、白焼きだと!?

おばあがひいきにしている商店街の魚屋で買ってきたものに違いない。商店街の魚屋は目利きの店主が良質な魚を仕入れ、その場で調理したものも売っている。どれもスーパーの安売りのものより数段おいしいけど、そのぶん値段も張るはずだ。こんな見事なウナギの白焼き、一体いくら……。

それに、どうして蒲焼ではなく、通が好きそうな白焼きなのだろうか。こんなの前に食べたことあったっけ? たしかにおいしそうだけど、わけがわからない。

ウナギだけじゃない。同じ商店街の魚屋で買ってきたであろう――

祖母(おばあ)の家で食べた鯵の刺身

アジの刺身まである。表面が光りかがやき、見ているだけでプリプリとした食感が伝わってくるようだ。普段なら、これがメインディッシュになっているはずだけど、今晩はウナギを引き立てる脇役でしかないとは! そしてさらに――

味の素冷凍食品「プリプリのエビシューマイ」を電子レンジで温めたもの

なぜか大量のエビシュウマイまで! 12個入りの冷凍のものを一袋全部、出してくれている。“豪華なものを出すときにはとことん豪華にする”というのが、どうもおばあの主義らしい。そういえば、何年か前の土用の丑の日には、ウナギと一緒にハモの天ぷらまで出たこともあった。

「今晩の料理すごいな。ありがとう!」
僕は感謝を伝えずにはいられなかった。だけど向かいの席のおばあは、僕が来る前に食事を終えていて――

イスに座ったまま眠っている祖母(おばあ)

うつむいたまま、ピクリともせず眠りこけていた。おばあもウナギを味わって、満足したのだろう。

それでは、さあ、食べよう! 意気揚々と僕が箸をつかむと、おばあがもぞもぞと動きだした。そしてテーブルに差し出された手に握られていたのは――

土用の丑の日の鰻のタレ

蒲焼のタレだ! ウナギにはこれをかけて食え、ということか。だったらなぜ、わざわざ白焼きを買ってきたのだろう。

「ほら、これなら、好きなように味が調節できるやろ!」
とおばあはいった。そうか。僕は最近おばあに、醤油や塩はあとから少しずつかけたほうがいいといっている。食事の塩分を減らすことができ、高血圧のおばあの体にいいからだ。それをなにもウナギで実践しなくても……。

とはいえ減塩を心がけるのはいいことなので、なにもいわないでおこう。白焼きをわさび醤油で、なんて通な食べ方はしたことがないし、やっぱりウナギには――

タレをかけた土用の丑の日の鰻

タレがいい! ということでたっぷりかけて、さらにーー

土用の丑の日に、鰻のタレをかけたご飯

ごはんにもこうだ! さあ、食べるぞ! と改めて箸をつかむと、さっきまでぐっすり寝ていたはずのおばあが、台所のほうから颯爽とやってきた。手に何かを持っている。

ソーダのアイスキャンディーを食べる祖母(おばあ)

ソーダ色のアイスキャンディだ! 袋を開けたときに半分に折れたらしく、片方の手で棒を持ち、もう片方の手で直接アイスを握っている。二刀流で食べ進み、あっという間に――

アイスキャンディーソーダを祖母(おばあ)が食べているところ

半分が口の中に消えた。頭がキーン! と痛くならないのだろうか。総入れ歯なので歯にも染みないようで、ガツガツと噛み砕いている。

つい、おばあの食べっぷりに見入ってしまった。さあ、僕も食べよう! でもその前に、やることがある。ウナギを一切れずつ、口に入れたいのを必死でこらえながら丁寧に、

土用の丑の日に家で作った鰻丼

ごはんにのせれば、うな丼だ! これはすごいぞ! さあ、食べよう! と茶碗をつかむと、台所の方から再びおばあがやってきた。手にはまた何かを持っている。これは――

森永チョコレートアイスクリームバーPARM(パルム)を食べている祖母(おばあ)

森永のチョコレートアイス、パルム! おいしいのは知っているけど……どうして、アイスを2つも連続で食っているんだ! しかもウナギを食べたあとでしょ!

おばあはパルムにばくりとかじりつき、

食べかけの森永チョコレートアイスクリームバーPARM(パルム)を手に持つ祖母(おばあ)

得意げに、僕に見せつける。今晩はもう、好きなものを好きなだけ食べることに決めたらしい。“豪華なものを出すときにはとことん豪華にする”ということはわかった。わかったから、ウナギに集中させてくれ!

そんなことを思っていると、
「お前もさっさとウナギ食えや! 冷めてまうやろ!」
パルムを口に入れたままおばあがいった。
「わかっとるわ!」
と僕は思わず叫び、うな丼を手に取った。そして中身を一気にかき込もうかと思ったけど考えなおし、一切れのウナギをさらに半分にして口に入れ、ゆっくりと味わった。