ついにオリンピックがはじまった。だけどおばあは、全くといっていいほど興味を示さない。
一緒にテレビで開会式を見て、僕があれこれ感想を言っても、おばあはうつろな目を画面に向けているだけで返事もしない。やがてイスに座ったまま居眠りをはじめ、選手入場がはじまるころにはぐっすり寝入っていた。
国をあげて開催する世界的なイベントが、目の前の画面で繰り広げられても、おばあはあくまでマイペース。一方僕は、普段はスポーツなんて相撲くらいしか見ないのに、せっかくのオリンピックだからとはしゃいでテレビに釘付けになっていた。
おばあはいつでも自分に正直で、他人にも世間にも簡単にはなびかない。開会式の解説者や僕が興奮して大声を出しても、今にもよだれが落ちそうなほど眠りこけている。そんなおばあを見ていると、ミーハー根性丸出しで、周りに流されやすく主体性のない自分の浅はかさが、恥ずべきものに思えてくる。
開会式から一日経った今晩も、きっとおばあは平常運転で、オリンピックだからと晩ごはんに特別メニューなんて用意しているはずがない。むしろ暑くて疲れたからと、いつもより質素なものを作っていそうだ。
そんなことを思いながら、晩ごはんを食べにおばあの家に向かうと……これは! テーブルに並んでいるのは、僕の好きな魚に豚に、タンパク質たっぷりの特別メニューやんか、おばあ!
その光景を収めようとカメラを向けると――
「ちょっと待ちや!」
とおばあは席から立ち、自室に向かっていく。そしてすぐに戻ってくると、その頭には――
お気に入りの夏用の帽子が!
「これでええわ」
と席に着き、すまし顔でポーズを決めて、写真にうつる準備は万端……って、めっちゃ浮かれてるやんか、おばあ!
開会式を見ているときは、そんなそぶりは見せなかったのに……実はおばあ、オリンピックに影響されて、お祭り気分になっているのか!?
食卓のメニューも――
いつものサラダに乗っているのは、かなり分厚く切った僕の好物のカツオのたたき!
それに隣の皿には――
たっぷりの豚肉とトロトロに煮込まれた玉ねぎが! ひと口食べると、味付けはおばあ得意の醤油と砂糖の甘辛さで、続けてごはんをかき込まずにはいられない。
そうだ! この甘辛く炊いた豚肉と玉ねぎの組み合わせ、ごはんに乗っければ――
おばあ特製の豚丼だ! ごはんにもしっかりタレが染みているし、やっぱり”丼”にしてかき込むとおいしさが倍増する。
さらにここに――
ワカメと豆腐の味噌汁までついているのがうれしい。
メニュー
・豚肉と玉ねぎの炊いたん(豚丼)
・サラダとカツオのたたきのワンプレート
野菜:トマト、キャベツ、ブロッコリーの芯
・ワカメと豆腐の味噌汁
今日の献立、食べはじめたらもう止まらない。分厚いカツオや、茶碗に山盛りの豚肉をほおばると、体の底からパワーがみなぎってくる。
僕が来るより先に食べ終えているおばあも、今日は居眠りする様子もなく、帽子をかぶったままテレビに映る水泳を見ている。周りに流される自分が恥ずかしいとか、いかなるときも確固たる自分を持っていたいとか、そんなことを気にしているようでは、まだまだおばあのような自由の境地には程遠い。
眠いときには寝て、食べたいときには食べて、オリンピックを見たければ思う存分見ればいい! ただ単純にその一瞬を楽しめばいいんだ! というわけで、僕は『おばあめし』を堪能し、おばあと一緒に日本選手を応援した。