寒がりのおばあが、ついに灯油ストーブをつけなくなった。花とか野鳥とか、季節の変わり目を告げるものはいろいろあるけど、おばあの家のストーブほど『寒』と『暖』をはっきりわけるものはない。毎年ストーブの火が消えると本格的に暖かい、というより暑い季節がやってくる!
おばあがつくる料理も、熱々のおでんや鍋なんて、もう次の冬まで出てこないだろう。キムチ鍋とか、とり野菜みそ鍋とかもっと食べたかったけど、全然かまわない。これから暖かい季節の料理が楽しめるのだ。
今晩の料理は何だろう。わくわくしながらおばあの家に行くと、居間におばあがいない! 台所に明かりがついていて、食欲をそそる香りが漂ってくる。季節を先取りしたがるおばあが、暖かい季節にぴったりなものでもつくっているのに違いない。そう期待して台所に行くと――
おばあがうどんを、ぐつぐつ煮えたぎる土鍋に投入しているところだった。これは、鍋焼きうどん! わあ、暖かい季節にぴったり……って、なんでやねん!
おばあは、背後で驚く僕には目もくれず、鍋の中のうどんを菜箸でほぐし――
フタをする。そして、
「ええように煮えたら、自分で持ってこいや」
そういい残して、台所をあとにした。
いわれた通りしばらく待っていると、フタの穴から蒸気が噴き出してきた。布巾で持ち手を掴んで、食卓にゆっくり運んでいく。布巾を通して土鍋の熱さが伝わってくる。
自分の額にうっすらと汗をかいているのがわかる。今こんな熱々の鍋焼きうどんを食べたら、全身から汗が噴き出してくること間違いなし! それなのに、どうして……。
メニュー
・鍋焼きうどん
・煮物
ホタテ、たけのこ、さつま揚げ、手綱こんにゃく
・ほうれん草のおひたし
・サラダ
生:玉ねぎの醤油漬け、キャベツ
茹で:ブロッコリー、アスパラガス
・ごはん
テーブルに土鍋を置き、おばあに鍋焼きうどんの理由をたずねようとすると、
向かいの席からさっと手が伸びてきて――
フタをとると、有無をいわせず、
「冷めへんうちにさっさと食べや!」
と僕を急かす。
冷めへんうちって…‥‥どうして、そうまでして熱いものを食べさせようとするんだ!?
それにしても、具材が見当たらない。まさか……鍋焼きなのに、素うどんなのか!? 近ごろ少し忘れっぽいおばあが、具材を入れ忘れた!? いや、他のおかずは――
煮物はホタテまで入った豪華版だし、
副菜のほうれん草もちゃんとある。うどんにも具材は入っているはず。箸を入れて底のほうから持ち上げてみると――
豚肉と揚げが現れた。しかも鍋の底に、分厚い地層のように沈んでいる。おばあは具材を忘れるどころか、たっぷり入れてくれていた。
湯気の立つうどんをすすると……熱い! けど、おいしい! つゆには、カツオと昆布の合わせダシに加え、豚肉のうま味や揚げの油も溶け込んでいる。このつゆが絡んだうどんは絶品だ。うま味たっぷりでほんのり甘さもあって、何だかごはんも欲しくなってくる。それをおばあは見越してか――
なんと、ごはんも用意してくれている!
おばあは少々忘れっぽくても、こと料理に関しては、僕の考えの先を行っているのだ!
今晩、鍋焼きうどんを出したことも、ただなんとなくではなく、考えがあってのことだろう……そうだ! 季節の変わり目は体調を壊しやすい。暖かくなったと思って油断すると風邪、いや、新型肺炎にかかってしまうかもしれない。だからこそ今、暖かいものを食べて、元気でおるんやで! そういうメッセージが、この鍋焼うどんに込められているのでは!?
頑固なおばあに聞いてみても、素直な答えは返ってこないだろう。でも、僕にはわかっている! そして、おばあが込めたメッセージに応えるには、この鍋焼きうどんを熱々のまま食べきるしかない! そう決意して、僕は額に湧き出る汗を拭わず、うどんをすすった。