メニュー
・八宝菜??
豚肉、うずらのたまご、にんじん、ピーマン、キャベツ
・酢の物
きゅうり、ワカメ、タコ
・サラダ
生:ミニトマト、春キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
・ごはん
台所から現れたおばあが、食卓に向かってすり足でやってくる。両手で持った深皿を僕の目の前に置くと、胸を張り、白い義歯を見せてほおを緩めた。料理のでき栄えに自信があるらしい。
深皿には中華風の炒め物が入っている。具材は野菜と豚肉、うずらのたまご。ごはんが欲しくなる深みのある香りは、中華料理によく使うオイスターソースだ。見た目も香りも八宝菜っぽいけど、とろっとしたあんがない。
それにしても、気になることがある。
「これ、なんていう料理なんや?」
僕が疑問をぶつけると、テーブルの向かい側にいるおばあは、
「そんなん、中華料理の、あれや……」
と言葉を詰まらせた。そのあれが知りたいのに! あれとは、以前につくったことがある料理ということだろうか。だったら、まさか、
「八宝菜?」
「ああ、そうや! よう知っとるやないか」
僕はおばあの言葉を聞いて愕然とした。おばあは以前、八宝菜をつくったことがある。あのときは味付けが塩辛かったものの、片栗粉でつけたとろみがあり、もっと八宝菜らしい見た目だった。おばあはあんのことはすっかり忘れているみたいだし、具材も白菜ではなくキャベツだと勘違いしている。
おばあはボケから程遠いどころか、頭脳の衰えがじわじわと進行しているのではないか。そう思うと僕は、おばあの顔をまっすぐに見ることができなくなるのだった。
僕はうつむいたまま食卓の小皿を指さして、おばあにたずねた。
「これは、なんていう料理や?」
「なんやて? 酢の物やろ!」
おばあは声を荒げた。わかりきったことを聞くな! とでもいいたそうだ。よかった。まだ記憶力は心配するほど落ちていないみたいだ。でも念のために、もうひとつ聞いてみる。
「じゃあこれは、なんていう料理や?」
「野菜やろ!」
おばあはさらに大きな声を上げた。料理名を聞いているのに、食材を答えるとは……。
とはいえおばあは、僕がいくら教えてもサラダという言葉を覚えられないのだ。横文字が苦手なのは、今にはじまったことじゃない。そういえばこの前、はじめて八宝菜をつくったとき、おばあは一度も「八宝菜」と口に出していわなかった。なんとかつくることはできても、料理名は、おばあの耳には「ハッポウサイ」というカタカナに聞こえて、頭の中を素通りしていったのかもしれない。
そうなると、今晩つくったものが本当に八宝菜かどうかも疑わしい。僕は箸を手に取り、深皿のキャベツをつまんで口に運んだ。みずみずしい歯ごたえが残っていて、火の通り具合はちょうどいい。海苔にも似た磯のうま味を凝縮したような味はオイスターソース、そして豆板醤らしい辛みとうま味が一体になった味がする。
これは、八宝菜じゃない! 回鍋肉だ! おばあが何度もつくっている、クックドゥの合わせ調味料の味だ! でもこの炒め物が回鍋肉だと、おばあに突きつけたところで何の意味もない。八宝菜かと聞いたときと変わらず、「ああ、そうや!」といわれるだけだ。
ただもう、そんなことはどうでもよかった。使っているのが簡単に調理できる合わせ調味料だろうが何だろうが、これだけおいしい料理をつくれるのなら、まだまだボケるはずがない。そう思いながら僕は、豚肉やうずらのたまごなどを次々と口に放り込んでいた。