阿藻珍味『あもちんの尾道ラーメン』の失敗しないつくり方

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福山にある、あもちんのインスタント(生麺)の尾道ラーメンのパッケージ

夕飯の時間に、僕は腹空腹でおばあの家にやってきた。ところが食卓にあるのはラーメンの写真がのった箱がひとつだけ。「尾道ラーメン」と書いてある。数日前におばあが知り合いからもらった、生麺タイプのインスタントラーメンだ。箱を開けてみると、何も入っていない。

いつもならこの時間には、料理がすべて並んでいるのに、おばあは何をやっているのだろうか……。悪い予感がして台所に急ぐと、おばあはまだ調理中だった。鍋に生麺を投入しようとしている。まったく湯気が立っていないので覗いてみると、お湯がぐつぐつ沸いているどころか、水面は静かで小さな泡すら出ていない。鍋がのっているコンロには火も着いていなかった。

僕はあわてておばあの手から丸まった麺の固まりを取り上げた。おばあは振り返り、「何をするんや!」とでもいいたげに目を見開き、驚きの表情で僕を見据えた。

うどんや素麺だって沸騰したお湯で茹でるのに、おばあは生麺タイプのインスタントラーメンを何だと思っているのだろうか。水を張った鍋に麺を入れ、火にかけて沸騰したところで袋入りのスープを入れようとでも考えているみたいだ。麺を長時間、水に浸けることでぶよぶよになってコシなんてなくなってしまう。箱の裏にでも作り方が書いてあるはずだけど、おばあは老眼だから小さな文字が見えないのだ。つくり方を悩んだ挙句、独自の製法を試みようとしていたのに違いない。

「つくり方、間違ってるで」
僕がいうと、
「そんなら、お前がつくれや」
とおばあはあっさり引き下がった。料理のことに関しては普段、僕には口も手も出させない。だけど今回はつくり方がわからなかったので、僕の申し出に内心はほっとしているのだろう。

あもちんの尾道ラーメンの具材と生麺

おばあはラーメンの具材や器もしっかり用意していた。おばあが他の料理を準備している横で、僕はラーメンの箱に書かれたつくり方を読み、その内容を忠実に実行することにした。

麺は沸騰した湯に入れて1分10秒で茹で上がるという。まずはひと玉を規定の時間茹でる。菜箸で器に移していると、サラダを用意していたおばあが隣で、
「そんな固そうなんいらんで」
といって顔をしかめた。

たしかに麺は固めだ。菜箸で持っても全く切れないし、見るからに一本一本が締まっている感じがする。僕には好みの歯ごたえだろうけど、どんな食べものでも柔らかめが好みのおばあの口には合わない。

僕はまず自分のラーメンをつくり終えた。他のおかずの用意もととのったので、先に食べておくことにした。おばあにはつくり方を伝え、麺は好きな固さになるまで茹でるようにいった。

あもちんの尾道ラーメンと鯵の酢漬け、キムチなどのメニュー

メニュー
・ラーメン
阿藻珍味〈あもちんの尾道ラーメン〉、焼豚、茹でもやし、茹でたまご
・アジの南蛮漬け
・なます
だいこん、にんじん、サバ
・キムチ
・サラダ
生:トマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草

スープをひとくちすすると止まらなくなった。魚介のダシが効いている醤油味のスープに、豚の背脂が多めに浮いていて口に入るたびにうま味が増幅する。シンプルな細いストレート麺は、やはり固めの歯ごたえが心地よく、ぴったりとスープに合っている。もやしとたまごと焼豚という、おばあの具材のチョイスも絶妙だ。気づいたらラーメンはスープだけになっていた。

おばあがあもちんの尾道ラーメンを食べているところ

おばあがようやく、台所から姿を見せた。ラーメンの丼ぶりを抱えてすり足で食卓に向かってくる。麺をかなり長い時間、煮込んでいたらしい。おばあは席につくなり、丼ぶりの中の麺を大量に箸でつかんですすりはじめた。食べものを目の前して長いあいだ待っていたせいですっかり腹ペコなのだ。

おばあが箸で持ち上げた麺は、僕が食べたものの倍くらいの太さになっていた。麺は完全に伸び切っていてぶちぶちとちぎれる。おばあはこれが好きなのだから、何もいうつもりはない。ただ、おばあにつくるのを任せていなくてよかったと心から思った。

味の感想をたずねると
「まあ、こんなもんやろ」
とおばあは僕に目も向けずに答えた。とはいえ、83歳とは思えない強靭な嚥下力で麺をすする勢いに本心があらわれていた。

僕はラーメンを食べ終えてしまったけど、料理はまだ残っている。胃袋の容量にもまだ余裕がある。アジの南蛮漬けやキムチをおかずにごはんを食べたい。でも僕は最近、太り気味で、炭水化物の量を抑えている。おばあからも、ごはんのおかわり禁止令が出されている。

僕は今、どのような行動を選択すべきだろうか。スープだけになったラーメンの器をじっと眺めていると、
「ごはんなら炊いてるで」
とおばあがいった。そのひとことは願ってもいない免罪符だった。そして天啓でも得たように、僕はある着想をひらめいた。この魚介ダシと背脂のうま味が効いた尾道ラーメンのスープにご飯を入れたら……おいしくないわけがない!

スープの残った丼ぶりを持って勢い良く立ち上がると、
「ごはんは、あんまり入れるなや!」
とおばあがいった。

あもちんの尾道ラーメンのスープにごはんを追加した、ラーメンライス