メニュー
・牛肉の焼いたん
・そうめん(薬味:ミョウガ、チューブ入りワサビ)
・サラダ
生:ミニトマト、キャベツ 茹で:ブロッコリー、アスパラガス、ほうれん草
焼いた牛肉が皿に山盛りだ! 表面は濁りのないつやつやと輝く脂で覆われ、よく見ると全体に適度なサシが入っている。これは、国産牛のちょっといい肉だ! 家電も食材も輸入品を嫌うおばあが料理に使う肉は、国産の豚や鶏が基本。たまに買ってくる上質な牛肉のありがたみが身に染みる。総入れ歯のおばあも、柔らかい国産牛肉は食べやすくて好きだという。
牛肉にはタレなんてかかっていない。口に入れるとほのかな甘味があり、軽く振った塩だけで存分に素材のおいしさが引き立ち、次の瞬間には、ごはんが欲しくなっている……はずだけど……口に入れた牛肉はまったく塩気が感じられない。これではさすがに物足りない。
それに、ごはんがない! 焼肉といえば、左手に茶碗を持ったまま、右手の箸でつぎつぎと肉をつまみ、飯と一緒にかき込むのが世代を超えた定番のスタイルではないのか!
巨大なブルーの涼しげな器に、たっぷりの白くて細い麺が絡み合っている。今年初のそうめんだ。これが今晩の主食で、ごはんの代わりらしい。
気温30度以上の真夏日が続き、今日は湿気も多く、昼間に外に出ると町じゅうがサウナのように熱せられて息苦しいほどだった。セミの鳴き声もなんとなく元気がなかった。
そこで晩ごはんは冷たいそうめんを食べて、体をクールダウンさせようとおばあは考えたのだろう。だけど、小麦粉でできたそうめんだけでは、明日からさらにひどくなる暑さを乗り切るだけのスタミナなんてつきそうにない。だから肉が好きなおばあと僕の、身も心も元気にしてくれるこの牛肉を、そうめんと共に用意した。おそらくそういうことだ。
そうめんもごはんと同じ炭水化物だし、牛肉に合わないこともないはず。そうめんを麺つゆにつけてひと口すする。去年以来のなつかしい味。気持ちも涼しくなる。ただ、柔らかいものが好きなおばあに合わせ、茹ですぎていていることだけが残念だ。
おばあもブルーの容器からそうめんを取り、つゆに浸している。そのまますするのかと思いきや、そうめんから箸を離し、牛肉をつまんだ。それをそうめんが入ったままのつゆの器に投入した。しゃぶしゃぶのように牛肉をつゆの中でくゆらせ、そうめんと一緒に、盛大な音を立ててすすった。そして、口をもぐもぐと動かしながら、あごを上げた得意げな表情で僕を見た。「こうやって食うんや」と手本を見せているのだ。
つゆの器にそうめんと牛肉を入れる。僕の席にはチューブ入りのワサビも置かれていたので、浮かんでいる牛肉のうえに少しのっける。薬味はさわやかな香りがするミョウガだ。おばあのマネをしてすすり込む。さっぱりとしたそうめんに牛肉の脂がからみ、一気に濃厚な味わいになった。塩がかかっていない牛肉は、醤油ベースのつゆがちょうどいい味付けになっている。
はじめからおばあはここまで考えていたのだ。〝牛肉そうめん”のおいしさもうれしいけど、最近、物忘れが多くなってきたおばあの頭が、まだまだ大丈夫そうなことに僕は笑顔にならずにいられなかった。
「なんや、そんなにうまいんか」
とおばあが僕の顔を見ていった。
「うん。だけど、麺がちょっと柔らかすぎるな」
僕は褒めるだけでは気恥ずかしくて、つい、今晩の料理に対する唯一の不満を口にした。ネガティブな感想をいうと、頑固なおばあはいつも機嫌を悪くしてしまう。だけど今日は、
「そうか。わかったわ」
と珍しく僕の意見にうなずいた。なにが「わかった」のかわからないけど、僕はうれしくなってまた牛肉とそうめんをすすった。