〈前半からつづき〉
おばあへの東京土産を買い、健康祈願を行なうために、僕は巣鴨地蔵通り商店街にやってきた。そして通りの中ほどにある「とげぬき地蔵尊」こと高岩寺に代参し、“飲むお札”として知られる御影を手に入れた。目的をひとつを達成して空腹を感じた僕は、通りにある人気の食堂に向かった。
雨のあがった通りを進んでいると、真っ赤な看板が目に止まった。赤に白抜きで「日本一の赤パンツ 巣鴨マルジ」と書かれている。
店内には赤いパンツばかりがずらっと陳列されている。たしかに看板の通り、これだけ赤いパンツだけが勢揃いしている店は、日本どころか、海外にあるというのも聞いたことがない。これだけ店内が赤いと、めでたい感じがしてくる。
そういえば、申年に猿の尻の色にあやかって赤いパンツを履くと“災いが去る”といういい伝えがあって、赤いパンツが売れているという情報を以前、目にしたことがある。今年は酉年だから、申年の去年の正月くらいにテレビでやっていたと思う。そこで取り上げていたのが、おそらくこの店だったのだ。
さっきからお客さんがひっきりなしに入ってきているし、「『赤の力』で元気と幸福をお届けします」とポップに表示されているように、赤いパンツは申年限定ではなく縁起物として好評のようだ。
赤いパンツは土産としてありきたりじゃない。それに元気が出るということだし、おばあへの土産にいいかもしれない。
だけどおばあが履くだろうか。日替わりで細かな柄が全面に入った洋服を着ているおばあは、独特のファッションセンスをしている。白髪はブローネを使い週イチで染めていて、少しでもゆるむとくるくるのパーマをあてに行く強いこだわりがある。僕が縁起物だといって赤いパンツを差し出したところで、気に入らなければ見向きもしないだろう。それにパンツのサイズは、ゆるくてもきつくても気持ちが悪い。おばあのサイズがMなのかLなのかもよくわからない。
おばあに限らず人にものを送るとき、身に着けるものはハードルが高い。ここは無難に食べものにしておくべきか……。食べもののことを考えて、腹がますます減ってきた。まずは腹ごしらえをしてから決めようと僕は店を出た。
グーグルマップを開くと、高岩寺から向かっていた「ときわ食堂」の前をすでに通り過ぎていた。
通りを引き返し、たどり着いた店の前には2人のおばあさんが立っていた。並んでいるのかとたずねると、
「並んでいますよ。中にも待っている人たちがいますけど、回転が早いのですぐ順番がくるでしょうね」
聞きなれない上品な言葉づかいで教えてくれた。やっぱりここは東京だ。いちど話しかけると止まらなくなる大阪のおばあさん(おばちゃん)とは違って、話に区切りがある。感心していると、
「あなた、おひとり?」
今度は別のほうのおばあさんが話しかけてきた。そうだと答えると、
「どうして巣鴨に?」
質問が止まらない。僕のような30過ぎの男が、ひとりで巣鴨に来ているのがよほど珍しいらしい。
「大阪で待つ祖母への土産を買いに来たんです」
そう答えたとき、店から店員が出てきて僕らを中へと招き入れた。
席がいくつも一気に空いたようで、店の中で待つことはなく、奥へと通された。そこでは二人がけのテーブル席が2つ隣り合っていた。すると、
「ご一緒に食べません?」
と提案された。もうひとりもうなずいている。大阪でも、おばあさんからそんなことをいわれた経験はない。“わざわざ巣鴨に祖母の土産を買いに来た孫”である僕に、興味をひかれているようだ。
はじめの言葉づかいで距離を感じたけど、興味を持ったらとことん追求してくる大阪のおばあさんと根本は一緒だ。僕も巣鴨で東京のおばあさん(おばあと呼ぶには上品だ)と一緒に食事をするのも面白そうだし、聞きたいこともあるので申し出をありがたく受けた。
店員に2つのテーブルをくっつけてもらって僕らは席についた。話を聞いてみると2人は元々高島屋に勤めていた“デパート・ガール”だったという。どうりで話し方や振る舞いに品があるわけだ。東京都内の少し離れたところに住んでいて、巣鴨地蔵通り商店街へは佃煮を買いにやってきたそうだ。
僕のおばあの年齢を聞かれたので83になったばかりだと答え、失礼は承知で
「お2人はいくつですか?」
とたずねた。すると
「あなたのおばあさんと同じくらいね」
と答えて2人は顔を見合わせ、結局、正確な歳はわからなかった。
毎朝、魚河岸で仕入れる新鮮な魚が自慢だという「ときわ食堂」。僕は外に貼り出してあるメニュー表を見たときから無性に食べたかったアジフライ定食、元“デパート・ガール”は2人そろってさばの塩焼定食を注文した。
店で食べる豚カツのような粗めの衣がさっくりと揚がってる。中からぶ厚いアジがあらわれて、うま味たっぷりの脂があふれ出る。ふわっとした身と衣の食感が口の中でひとつになる。
下味の塩は思ったより薄めで、アジ本来のおいしさがわかる。東京の食べものは、うどんや蕎麦つゆのように関西よりも塩味が濃いのかと思ったら、全ての料理がそうではないらしい。たっぷりかけたソースは甘味が効いている。肉厚で大ぶりのアジフライは3枚もあるので、付け合せのレモンやからし、テーブルの醤油や酢も自在に組み合わせて食べる余裕がある。意外と酢が合っていた。
隣の2人はさばの塩焼きの味はほめていたけど、みそ汁の塩味が濃いという。僕はちょっと濃いかな、と感じたくらいだった。たぶん2人は、普段の食事で自らの健康を気づかって減塩を心がけているのだろう。おばあも見らなってほしい。
僕は2人におばあへの土産は何を買えばいいのか聞いてみることにした。
「巣鴨では赤いパンツが人気みたいですけど、もらったらうれしいですか?」
「え? パンツ? 赤いの?」
僕の隣りに座ったひとりがいって、向かい側のもうひとりと顔を見合わせた。東京に住んでいても赤いパンツのことは知らないようだ。
「そんなのもらっても履かないわね」
「私ならパンツよりブラウスのほうがいいわ」
などと口々にいう。だけどおばあ好みの服を選ぶのは難しいし、巣鴨土産になるようなブラウスというのもどんなものか思いつかない。2人もしばらく悩み、
「やっぱり、本人が好きなものをあげるのがいちばんよ」
という結論にいたった。たしかにそうだ。赤いパンツも捨てがたいけど、巣鴨らしくておばあが好きなものをあげれば、それが結局いちばんの土産になる。
お互いの身の上話をしながら食事を終えると、
「名刺はあるの?」
と聞かれた。おばあと同世代とはいえ女性から連絡先を聞かれるのは滅多になく光栄なことかもしれない。土産の相談にのってくれたお礼をいって2人に名刺を渡した。僕は聞いてもいないのに、2人は備え付けのアンケート用紙の裏に連絡先を書いて渡してくれた。(元)“デパート・ガール”2人ぶんの自宅の電話番号どころか住所までゲットしてしまった。
僕らは店の外で再開を約束して別れをつげた。2人にはまた会うまで、元気で長生きしてほしい。
僕は高岩寺のほぼ正面に「金太郎飴」という店を見つけていた。軒下に掲げてある「巣鴨限定のオリジナル自家製飴」という看板が気になっていたのだ。おばあの日常に飴は欠かせない。テレビを見ながらでも料理をつくりながらでも、口がもごもご動いていると思ったら飴をなめている。総入れ歯になったのも飴のなめすぎが原因だと思う。巣鴨の自家製飴というはおばあの土産にぴったりだ。飴というのはあまりにひねりがないと思ったけど、こういう日常的なもののほうがよろこばれる、ということにさっき気付かされた。
店主に話を聞くと店の2階で飴をつくっていて、「たんきり飴」(350円)が人気だという。おばあは最近、風邪でもないのに咳をすることがあるので「たんをきる」という飴はうってつけだ。もちろんこれを購入し、次の店に向かった。
煎餅を売っている「むさしや」は、商店街の門からほど近くのところで見つけていた。総入れ歯のおばあは、「固いものは食べられへん」というくせに煎餅ならいくら固くてもばりばりと噛み砕く。それだけ焼いた醤油の香ばしい風味と米の甘さ合わされば、固さも魅力のひとつと思えるほど、煎餅が好きなのだ。
加えておばあは海老も好きなので、僕は海老入り煎餅(13枚入り400円)を購入した。
後日、おばあに差し出すと、
「なんや、煎餅と飴か」
とつまらなそうにいわれた。だけど目の輝きが変わったことを僕は見逃さなった。
さらに翌日、一日で飴も煎餅も袋の中の半分以上がなくなっていた。